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保次郎一家の移民生活


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〜帰国まで

1924年 保次郎42歳 1924年 祖母10歳頃

 この写真を撮った頃には、カリフォルニア州のOrwoodという土地に住んでいました。

 写真で見る限り、保次郎一家の生活はそれなりに豊かだったように思えますが、結局は米国に住むことをやめて、1925年(大正14年)に帰国しました。

 帰国の理由については、家が一度火事で焼けたことや曾祖母自身が病気を患ったことから、気弱になった曾祖母がホームシックになり、日本へ帰ることになったのだと祖母から聞きました。

1924年 家の前(左から祖母・よき・日米子) 1924年 手綱を握っているのが保次郎
1925年 帰国後初の写真

 右の写真は、日本に帰った年の7月に新潟の写真館で撮ったものです。

 左が7歳の次女日米子(ひめこ)で、右が11歳の祖母です。

 今までと違って和服での撮影となっています。これ以降の写真は、和服で写っているものばかりになります。帰国後の祖母たち姉妹は、次第に日本人らしく育っていくのでした。

 結論から言うと、日本に帰ってからは決して豊かな生活はできませんでした。戦争もあり、戦後は特に苦労したようです。 でも保次郎一家が帰って来なければ、私の父やそのきょうだい、私やいとこたちはこの世に生まれていなかったので、これで良かったのでしょう。

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