猛暑の京都旅行 (4)西本願寺
京都3日目の朝。チェックアウト前に、ささっと晴明神社に行って来ました。
2年半前にも行ったことがありまして、そのときよりさらに立派になってました。神社公認のお土産店もできてたし、一条戻橋の復元版まで作られてました。これも映画で有名になったからなのか?
朝9時半頃だったのですが、早くもバスツアーの団体さんが来てました。しかも年配の方ばかりで、それも意外。
さて、ホテルをチェックアウトしてから西本願寺へ行きました。
壬生の屯所が手狭になったことなどから、新選組は1865年に屯所をこの西本願寺に移します。屯所だった建物は現在はなくて、太鼓楼の辺りにあったのだそうです。

西本願寺の太鼓楼
ここにも、ツアーの団体客が来ていました。ガイドさんは、屯所の移転問題をめぐって山南敬助と近藤・土方が対立したという説を話していました。

新選組の羽織を着た人も
それにしても、西本願寺の門はすごく立派でした。幕末当時、巨大な財力を持っていたそうですが、この立派な門を見るとなるほどと思えます。

さて、西本願寺からは七条油小路と不動堂村屯所跡が近いので、歩いて見に行くことにしました。
堀川通を南へ行くと七条通に出ます。藤堂平助が命を落とした七条油小路は、そこからすぐでした。

新選組が伊東申子太郎の遺体を置いて御陵衛士を待ち伏せた四つ辻。静かな住宅地でした。
最後は不動堂村の屯所跡です。堀川通をさらに南へ行くと、リーガロイヤルホテルがあります。ここが屯所の跡地だそうで、植え込みの中に記念碑が立っていました。

不動堂村屯所跡。ここが最後の屯所となった。
これにて、今回の新選組史跡めぐりはおしまいです。
この後は京都駅へ行って、お昼を食べたりお土産を買ったりして、帰途についたのでした。
本当は鳥羽・伏見や二条城も行きたかったけど、時間がなかったので諦めました。やっぱり京都へ行ったら3泊ぐらいしたいもんです。ただでさえ見るところが多いので、実質1日半じゃ回りきれない!
それと、夏は歩き回るもんじゃないですねー。暑さは判断力を奪う!ってことを強く思った旅でした。
すごいね、新撰組の羽織着てる人もいるなんて!
やっぱり京都は観て飽きないですね~。
中学生くらいの修学旅行で価値がわからないときに行くより、
大人の修学旅行を企画すべき!
○歳くらいになったら、京都に修学旅行に行かなきゃならないっていう法律作ってくんないかなー(笑)
コメント by borisan@平助にむちゅー — 2004年8月2日 @ 19:59:38
あの羽織着てたのは、たぶん中学生か高校生くらいの男の子たちだったです。家族で来てたのかな?
京都の価値は、確かに中学生くらいじゃよくわかんないかも。
今思うと、私もそうだった気がしますね~。
コメント by abetomo — 2004年8月3日 @ 23:29:46