2005年1月12日

お正月単発ドラマ(3)「時空警察5」

category: ドラマ — abetomo @ 9:00:00

ドラマというのか微妙ですが、一応ドラマのくくりで。

「時空警察5」(1/5放送、日テレ)

2話目のヒトラーはともかく、1話目の島原の乱はおもしろかった。

徳川幕府を相手に、なぜ民衆が4ヶ月も戦い続けられたのか?軍資金はどこから来たのか?キリシタン弾圧の戦だったにも関わらず、なぜバチカンでは彼らが殉教者として認められていないのか?という点に注目して「捜査」が始まる。

晩年の秀吉を訪ねたり、島原の乱直前の天草四郎や徳川家光のもとへ行って調べる捜査員たち。そのうち分かったことは、天草四郎の馬印が豊臣家のそれと同じひょうたんであること、鹿児島の木下郷に、豊臣秀頼が真田幸村に連れられて鹿児島に逃れたことを歌った民謡が伝わっていたこと、そしてそこには豊臣秀頼のものとされる墓があることなど。

そこから、天草四郎は鹿児島に逃れた豊臣秀頼の子供=秀吉の孫だったと展開。戦の軍資金は大阪城にあった秀吉の財産で、四郎が豊臣の子孫であると知っていた徳川方は、キリシタン弾圧を名目に徹底的に戦をしたというのだ。

歴史好きには「そんなバカな」と言われそうな気もするけど、これまた史実と想像の部分とが妙につじつまが合っていて感心してしまう。秀吉役の加藤茶がまたいい味出してた。

そういえば、孫の顔をひと目見たいと懇願する秀吉に、島原の乱の現場へ連れて行く代わりに石川五右衛門を助けてやるよう広瀬(恵俊彰)が頼んでいたけど、それは結局どうなったんだろう。釜茹での刑も、実は秀吉が吹聴した「伝説」だったというオチなのかと思ったんだけど。特に出てこなかったような。

1 件のコメント »

  1.  天草四郎が豊臣秀頼のご落胤という話は歴史書には載っていません。天草地方にそういう言い伝えがあり、鹿児島外史にも記録されている。詳しく知りたければ、「真田幸村・豊臣秀頼の薩摩落ち伝説」か「真田幸村生存説」か「頴娃村郷土史」か「谷山市史」で検索してみてください。

    コメント by 浜崎秀達 — 2006年5月22日 @ 10:30:44

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